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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)170号 判決

東京都中央区京橋1丁目10番1号

原告

株式会社 ブリヂストン

代表者代表取締役

海崎洋一郎

訴訟代理人弁理士

杉村暁秀

杉村興作

富田典

杉村純子

徳永博

高見和明

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

指定代理人

井口嘉和

幸長保次郎

鈴木伸一郎

吉野日出夫

築山敏昭

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)特許庁が平成5年審判第7680号事件について平成8年4月25日にした審決を取り消す。

(2)訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  当事者の主張

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和62年10月12日特許出願(昭和62年特許願第257987号)した、名称を「スタッドレスタイヤ」とする発明(以下、「本願発明」という。)につき、平成5年2月22日拒絶査定を受けたので、同年4月22日審判を請求し、平成5年審判第7680号として審理された結果、平成8年4月25日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年7月22日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

複数の周方向溝及び該周方向溝を連結する複数の横方向溝により区画されたブロックをトレッド表部に設け、該ブロックに複数のサイプを刻設するとともに、該サイプがブロックを横切って周方向溝まで延びており、且つ、少なくとも該サイプの底部に拡大部が配設されていることを特徴とするスタッドレスタイヤ(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)発明の要旨

本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)引用例記載事項

昭和62年特許出願公開第18305号公報(以下、「引用例1」という。別紙図面2参照)には、「生カバータイヤを形成しこれを加硫してトレッドの表面に横溝と縦溝の組合せによりブロックパターンを形成するタイヤの、トレッド表面のほぼ全巾にわたり横溝とほぼ平行な角度で、タイヤ赤道に対し30~90°の角度範囲で傾斜する複数の切込みをタイヤ周方向に設けるタイヤにおいて、切込みの深さを横溝の深さよりも深く切込まれていることによって排水性を向上しうるタイヤ。」(1頁左下欄4行ないし1頁右下欄13行)、及び(2)「このブロックパターンを形成するタイヤにおいて、曲げ変形時に開放される切りこみ両縁部が水膜を切断し、主溝方向への排水性を向上せしめる。」(3頁左上欄17行ないし3頁右上欄3行)旨が、それぞれ記載されている。

(3)本願発明と引用例1記載の発明との対比

そこで、本願発明と引用例1記載の発明を対比すると、本願発明の「サイプ」及び「スタッドレスタイヤ」は、それぞれ引用例1に記載のタイヤの「切りこみ」及び「ブロックパターンを形成するタイヤ」に相当するから、両者は、「複数の周方向溝及び該周方向溝を連結する複数の横方向溝により区画されたブロックをトレッド表部に設け、該ブロックに複数のサイプを刻設するとともに、該サイプがブロックを横切って周方向溝まで延びたスタッドレスタイヤ」である点で一致している。

(相違点)

しかし、本願発明では、少なくとも該サイプの底部に拡大部が配設されているのに対し、引用例1に記載のタイヤには、少なくともサイプの底部に拡大部が配設されていない点で相違している。

(4)当審の判断

そこで、前記相違点について検討すると、昭和52年特許出願公告第11083号公報(以下、「引用例2」という。別紙図面3参照)には、(3)「溝によって分離されたブロックを備えたトレッドと、前記のブロックのゴムの中に設けられた前記ゴムによって包囲されたスロットとを有し、前記スロットは接地面から半径方向内向きに延びており、かつ接地面から離れた位置にスロットの水運搬能力を改善する拡大部を備えている空気入りタイヤ。」(特許請求の範囲の欄)、空気入りタイヤのトレッドパターンの1実施例として、「接地面から半径方向内向きに延びたスロット1、2が接地面から離れた配置に前記スロットの全長にわたってスロットの水運搬能力を改善する拡大部7、8、9を備えている状態」(FIG.1ないし4)、及び「スロット巾は、たとえば約0.5mmである。」(1頁右欄23行ないし25行)旨が、それぞれ開示されており、前記スロットは本願発明のサイプに相当するので、引用例2には、実質的に、少なくともサイプの底部に拡大部が配設されていることが開示されているものと認められる。したがって、サイプの排水性を改善するために、少なくとも、引用例1に記載の、ブロックを横切って周方向溝まで延びたサイプの底部に拡大部を配設することは、当業者が容易に想到することができたものと認められる。そして、本願発明の効果も当業者が予測しうるものであって格別のものとは認められない。

(5)むすび

以上のとおりであるから、本願発明は、引用例1及び引用例2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)のうち、引用例2の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明に審決引用の記載個所があることは認め、その余は争う。同(5)は争う。

審決は、引用例2記載の発明の技術内容を誤認し、また、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明の組合せの困難性を看過したために、相違点の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)取消事由1(引用例2記載の発明の技術内容の誤認)

ア 引用例2記載の発明のスロットは、普通自動車用のタイヤの水切り特性を向上させるための発明であり、本願発明のように氷上及び雪上性能を両立させたスタッドレスタイヤに関するものではない。したがって、両端が周方向溝に開口するスタッドレスタイヤのサイプと異なり、リブ、ブロック、バー若しくはこれらに類似したもののゴムのなかに設けられ、ゴムによって包囲されたもので、周方向溝に開口するものではなく、かつ、接地面から離れた位置に拡大部を備えるものである。

引用例2記載の発明のスロットは、上記の構成によりタイヤ接地面から水を吸引し、拡大部に水を溜めることによって、水運搬能力を高めるものである。また、水切り特性に関しては、引用例2に「タイヤトレッドが磨耗して行くにつれて拡巾部(拡大部)がトレッドの走行面に漸次露出され、拡巾部(拡大部)を持たない普通のスロットを設けたタイヤに比し、水切り特性が良くなる」(4欄7行ないし10行)と記載されているように、拡大部の露出によって行うものである。

これに対し、本願発明のサイプは、ブロックを横切って、周方向溝まで延びている。したがって、水運搬能力については、タイヤ接地面からの水の吸引がサイプ内の空気に邪魔されることなく確実に行われ、かつ、その排出もタイヤの半径方向外方のみならず周方向溝に向け排出されるという作用効果があり、水切り能力についていえば、タイヤの転動に伴い水切り作用に必要かつ十分なサイプの拡開を得ることができ、タイヤの使用開始時から十分な水切り性能を有するという作用効果を有する。

以上のとおり、引用例2記載の発明のスロットは、本願発明のサイプとは構成及び作用効果を異にするから、これに相当するとした審決の認定は誤りである。

イ また、引用例2記載の発明のスロットは、接地面から離れた位置に拡大部を備えるものであるのに対し、本願発明は、サイプの底部に沿って拡大部を設けることを必須の要件としているものであるから、両者は構成が異なる。

この点につき、被告は、本願発明は、「少なくともサイプの底部に沿って拡大部を設けること」を必須の要件とはしていないと主張する。しかし、本願発明は、「サイプがブロックを横切って周方向溝まで延びていること、及び少なくともサイプの底部に拡大部が配設されていること」を構成要件としており、サイプがブロックを横切って周方向溝まで延びている構成であることが明示されている以上、サイプの底部の拡大部も、本願明細書の発明の構成、実施例の各記載、添付図面等に別段の規定がなされていない限り、サイプと一体的にその底部に沿って周方向溝まで延びている構成になっていると認定するのが相当である。そして、本願明細書の発明の構成、実施例、作用効果の各記載、添付図面の第2図も上記認定を支持しているのである。また、本願発明の「サイプ27がブロック25を横切って周方向溝23まで延びているので、周方向溝23の方向にも排水されることになり、サイプ27からの排水がより迅速に行える。」(平成5年5月18日付手続補正書2頁15行ないし20行)という作用効果は、拡大部が底部に沿って周方向溝にまで達していることによって初めて可能になったものである。

そして、この構成の相違により、引用例2記載の発明のスロットと異なり、本願発明のサイプは、タイヤ転動時にサイプが拡開して道路面とタイヤ間の水膜を切断するとともにサイプの中に入った水を効率良く吸引し、タイヤ半径方向外方とともに、周方向溝に向けて排出させるという作用効果、及びサイプ割れを未然に防止することができ、サイプ本来の水切り及び排水効果をタイヤの使用末期まで保つことができるという作用効果を有する。

以上のとおり、引用例2には少なくともサイプの底部に拡大部が配設されていることが開示されていないから、これが開示されているとした審決の認定は誤りである。

(2)取消事由2(組合せ困難による想到困難)

ア 本願発明は、加硫時に溝、ブロックと同時にサイプを形成して作られる。これに対し、引用例1記載の発明の「切込み」は、引用例1の発明の詳細な説明に、「該タイヤ1は、生カバータイヤを成形、加硫した後、前記切りこみ9を形成することにより製造される」(2頁右下欄8行ないし10行)と記載されているように、加硫後タイヤを金型から取り出した後に刃物で切込み加工されるものである。ところが、本願発明のように底部に拡大部を有するようなサイプは、引用例1に示されるような加硫後の刃物による加工では不可能であることは、当業者にとって自明の事柄である。したがって、引用例1記載の発明のサイプの底部に、どのような方法を用いて拡大部を配置するのかが明らかにされない以上、当業者が引用例1記載の発明から本願発明のサイプの底辺に拡大部を設けることを容易に想到することはできない。

イ 引用例1記載の発明では、特許請求の範囲に記載されているとおり、切込み底の割れを防止する目的で、本願発明のサイプに相当する「切込み」は横溝より深くすることが必須であるのに対し、引用例2記載の発明では、その実施例において、「すべての溝は深さ10mmで、タイヤトレッドの非磨耗状態で、各スロットの最深部よりたとえば1mmだけ深い」(2頁3欄23行ないし25行)と記載されていることで明らかなように、スロットの深さは溝より浅く、サイプ割れは考慮されていない。

また、引用例1記載の発明は、タイヤ転動時にサイプ表面が拡開して、水をサイプ内に吸引し、排出するのに対し、引用例2記載の発明は、スロットがゴムで包囲されているため、タイヤの転動に伴うスロットの開口は小さく、タイヤが磨耗して拡大部がタイヤ表面に露出した時に水切り性能が向上するようになっている。

このように、引用例1記載の発明のサイプと引用例2記載の発明のスロットは、その目的、構成及び作用効果が異なっているから、これらを組み合わせることは、当業者にとって想到困難である。

ウ 本願発明は、氷雪路面上を走行するスタッドレスタイヤにおいて、ブロック剛性を維持しつつ、吸水性能及び排水性能を改良したものであって、その効果は、〈1〉ブロックの表面の水は排水され、氷上性能は大幅に向上する、〈2〉ブロックは適正な剛性を維持するようにされているので、雪上性能は十分に維持される、というものである。

これに対し、引用例1記載の発明は、切込みを横溝の深さよりも深く切込むことによってサイプ割れ防止を考慮している反面、ブロック剛性は損なわれるという欠点を有する。また、引用例2記載の発明は、前記イ記載のとおり排水効果が本願発明と明ちかに相違するのみならず、スタッドレスタイヤではなく、普通の条件下で使用することを予定したタイヤであるので、サイプ割れや、ブロック剛性に関して配慮したものではない。

したがって、本願発明の作用効果は、引用例1及び引用例2記載の発明から当業者が予測しえたものではないから、引用例1及び引用例2記載の発明から本願発明が容易に発明できたものではない。

第3  請求原因に対する認否及び被告の反論

1  請求原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定・判断には誤りはない。

2  被告の反論

(1)取消事由1について

ア 原告は、スタッドレスタイヤのサイプは両端が周方向溝に開口するのに対し、引用例2記載の発明のスロットは両端が周方向溝に開口していないから、両者は異なるものであると主張する。

しかし、スタッドレスタイヤのサイプの両端が周方向溝に開口しているという原告の主張は根拠がない。スタッドレスタイヤのトレッドパターンは、大きなブロックパターンに、タイヤ周方向に対し直角方向にプロックに細かくサイプ(サイピング、切込み、スロット)を入れたものである。これに対し、引角例2記載の発明は、スタッドレスタイヤが出現する以前の出願であるけれども、大きなブロックに、横方向に細かくスロットを入れたものという共通のトレッドパターンを備えている。

そして、引用例2記載の発明のスロットは、ブロックに形成された状態では横方向に延び、ブロックに刻設され、接地面に開口するタイヤの細溝である。一方、本願発明のサイプも、ブロックに形成された状態では横方向に延び、ブロックに刻設され、接地面に開口するタイヤの細溝であるから、その限りで両者は一致する。

このように、引用例2記載の発明のスロットは、スタッドレスタイヤと共通のトレッドパターンを備えたものであり、そのスロットにより、濡れた路面での制動中及び旋回中のロードグリップがよく、水切り特性がよくなるという、本願発明のサイプと同様の作用効果を奏するものである。

イ また、原告は、引用例2のスロットは、接地面から離れた位置に拡大部を備えるものであるのに対し、本願発明は、サイプの底部に沿って拡大部を設けるものであるから、構成が異なると主張する。

しかし、この点に関する本願明細書の特許請求の範囲の記載は、「少なくともサイプの底部に拡大部が配設されている」というものであって、「少なくともサイプの底部に沿って拡大部を設ける」ことを要件としているものではない。本願発明は、サイプに拡大部を配設し、サイプ間の容積を増加してサイプ間に蓄える水の量を増加することができるようにしたものであって、拡大部が周方向溝まで延びて排水することを必須要件としなければならない理由もない。また、原告の主張する「サイプ27がブロック25を横切って周方向溝23まで延びているので、周方向溝23の方向にも排水されることになり、サイプ27からの排水がより迅速に行える。」との作用効果は、拡大部を有しない引用例1のようなサイプであっても有するものであって、サイプの底部に沿って拡大部が配設されていなければ奏し得ないものではない。

これに対し、引用例2のFIG2及びFIG4には、拡大断面部分7、9が接地面から半径方向に延びたスロットの底部に設けられている状態が図示されているから、FIG2及びFIG4において、サイプの底部に拡大部を設ける構成は明示されており、この点で引用例2記載の発明と、本願発明は一致している。

そして、構成が一致している以上、本願発明の作用効果は引用例2記載の発明と異ならない。

(2)取消事由2について

ア 原告は、本願発明は、加硫時に溝、ブロックと同時にサイプを形成して作られるとした上、引用例1記載の発明の切込みの加工方法では、本願発明のように底部に拡大部を有するサイプは、作れないことを理由として、想到困難を主張する。

しかし、本願発明は加硫時に溝及びブロックと同時にサイプを形成することを必須の要件とするものではない。また、タイヤの加硫工程につづいて、隆起部であるリブを横切ってサイプを形成し、しかる後、熱線をサイプに強制的に入れ、短時間サイプの底部に止まらせたり、穴を形成するための円筒状の刃物、またはサイプとサイプの底部の穴とが結合した形状を有するナイフを用いるという方法が、米国特許第2121955号明細書(1938年6月、以下「乙第7号証刊行物」という。)に記載されており、本出願前既に公知であったから、引用例1記載の発明の切込みの加工方法から、本願発明のように底部に拡大部を有するサイプを作ることができないわけではない。

したがって、原告の主張は失当である。

イ 原告は、引用例1記載の発明の「切込み」と、引用例2記載の発明のスロットは、横溝より深いか否かが異なり、その目的、構成、作用効果が異なるから、組合せが困難であると主張する。

しかし、本願発明においては、サイプ及びその底部に配設されている拡大部と、周方向溝及び横方向溝との深さの関係については特に限定されていないから、上記深さの相違をもって想到困難ということはできない。

また、引用例2記載の発明でも、スロットの球根状根元部はブロックの深い位置に設けられているから、当然にサイプ割れは考慮されている。しかも、乙第7号証刊行物にも、切込み、スロット、又はスリットの底部に拡大部を設けることによってクラックを防止できることが開示されており、サイプとその底面に拡大部を設けることによってサイプの拡開に伴う割れを防止することができることは明らかであるから、スロットの底部に拡大部を配設した引用例2記載の発明でも、サイプ割れが考慮されていることは明らかである。

さらに、ブロック又はリブにサイプ(スロット、切込み)を入れたタイヤにおいては、その使用開始時にも、サイプにより水切り性能を有することは広く知られている技術的事項であり、引用例2記載の発明においても、使用開始時に水切り性能を有することは明らかである。

したがって、引用例1記載の発明のサイプと引用例2記載の発明のスロットの目的、構成及び作用効果は、異ならない。

ウ 原告は、本願発明の作用効果は引用例1及び引用例2記載の発明から予測できないと主張する。

しかし、引用例1には、「本発明に係るタイヤ1では、・・・あたかも連続した一体のゴム層として機能し、剛性を向上することにより耐摩耗性の低下を防止しうる。又接地端付近で生じる曲げ応力に対しては切りこみ9によって柔軟に変形でき、・・・グリップ性が改善される」(3頁左上欄6行~16行)と記載され、ブロックの適正な剛性が確保されることが開示されている。

また、引用例2には、「本発明の一目的は、磨耗速度が低く且つ湿った走行状態での作動中にも有効であるような空気入りタイヤを提供することである。」(1頁2欄2行~4行)、「本発明の空気入りタイヤの利点は、・・・ぬれた路面での制動中及び旋回中のロードグリップがよく、たとえば球根状根元部のような拡巾部によりスロットの水運搬能力が高められることである。このようにスロットの水運搬能力が高い・・・」(2頁3欄26行~4欄4行)と記載され、適正な剛性を確保するとともにサイプ(スロット)の排水性を更に改善できることが開示されている。

さらに、少なくとも、引用例1記載の発明のブロックを横切って周方向溝まで延びたサイプの底部に、引用例2のように拡大部を配設することによって、湿潤路面と同様に水膜が存在する氷雪路面においても、ブロックが適正な剛性を維持するとともに排水性を更に改善させることができることは、当業者が容易に予測しえた程度のことである。

したがって、この点に関する原告の主張も失当である。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)、及び3(審決の理由の要点)の各事実は当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(1)(本願発明の要旨の認定)、(2)(引用例の記載事項の認定)、同(3)(本願発明と引用例1との対比)も当事者間に争いがない。

第2  本願発明の概要

いずれも成立に争いのない甲第2号証の1(本願書及び添付の明細書、図面等)、第5号証(平成4年10月30目付手続補正書)、第6号証(平成5年5月18日付手続補正書)によれば、本願明細書に記載された本願発明の概要は以下のとおりと認められる。

1  技術的課題(目的)

(産業上の利用分野)本願発明はスタッドレスタイヤ、特に、氷雪路面上を走行する重荷重用空気入りタイヤのトレッドパターンに関し、また、特に、氷上走行において有利に、吸水性能及び排水性能を改良し、氷上性能及び雪上性能を向上したスタッドレスタイヤに関する。(甲第2号証の1の明細書1頁11行ないし17行、第5号証2頁9行ないし下から2行)

(従来の技術)従来、雪上性能、氷上性能を確保するため、第7、8図に示すように、主溝1と細溝2とにより区画された多数のブロック3を有するブロックタイプのスノータイヤ5が用いられており、さらに、スノータイヤに、金属又は非金属チェーンを装着したり、トレッドにスパイクを打ち込んだスノースパイクタイヤが用いられている。しかしながら、近年、スパイクによる道路損傷、粉塵公害があり、スノースパイクタイヤに代って、スパイクを用いないスタッドレスタイヤが採用されていく傾向にある。スタッドレスタイヤは、スパイクタイヤに比較し、氷上性能が充分でないという欠点がある。

これらの欠点を改良するスタッドレスタイヤとして、従来、第9、10図に示すようなものがある。第9図において、11はブロックタイプのスタッドレスの空気入りタイヤであり、空気入りタイヤ11は、トレッド12の表部に複数の周方向溝13及び複数の横方向溝14により区画される複数のブロック16を有し、各ブロック16には第10図に示すように、横方向に配置してトレッド12の深さ方向に一定のサイプ幅W17を有する多数のサイプ17が設けられている。これらのサイプ17を配置することにより、空気入りタイヤ11が凍結路面上を走行する際に発生する水膜をサイプ17の端部17aにより切り、排水性を良くするという凍結路走行性能の向上効果はそれなりに認められる。(甲第2号証の1の明細書1頁18行ないし3頁6行、第5号証2頁9行ないし17行)

(発明が解決しようとする問題点)しかしながら、重荷重用スタッドレスタイヤのように、接地圧が高い場合、この高い接地圧による氷の融解たよる水の湧き出し量が多く、水膜が厚く形成されるため、サイプ間に蓄えられる水の量が少なく排水性能が不十分であり、かつ凍結路の走行性能が十分に発揮されないという問題点がある。そこで本願発明は、ブロック内にタイヤの周方向に対して傾斜及び/又は横方向に配置したサイプを設け、サイプが深さ方向に拡大部を有するようにすることにより、サイプ間の容積を増加してサイプ間に蓄えられる水の量を増加し、水膜の切断及び排水性能を高めて、氷上性能及び雪上性能を向上した空気入りタイヤを提供することを目的とする。(甲第2号証の1の明細書3頁7行ないし4頁1行、第5号証2頁9行ないし17行)

2  構成

(問題点を解決するための手段)本願発明者らは、凍結路面を走行時の氷上に発生する水膜の排出につき水膜の厚さ、サイプのエッヂによる水膜を切断する能力であるエッヂ効果、サイプの形状、排水能力、蓄水能力、ブロックの剛性などにつき種々研究を重ねた。その結果、サイプの十分なエッヂ効果を出すためには、トレッドの表面でサイプの幅は狭くし、サイプの深さ方向で底部又は深さの途中に水を蓄める拡大部を設けることが効果的であることを見出した。本願発明者らは、さらに種々研究を重ね本願発明に到達した。

すなわち、本願発明のスタッドレスタイヤは、本願発明の特許請求の範囲(本願発明の要旨)記載(平成5年5月18日付手続補正書別紙特許請求の範囲)の構成を有することを特徴としている。(甲第2号証の1の明細書4頁2行ないし下から2行、第6号証4枚目1行ないし末行)

サイプの幅は、0.3mm~1.7mmの範囲が好ましい。(甲第2号証の1の明細書4頁末行ないし5頁1行)

また、サイプの拡大部の最大幅はサイプの幅の1.2~5.0倍が好ましい。(甲第2号証の1の明細書5頁6行ないし7行)

3  作用効果

(作用)凍結路面を走行時に、高い接地圧による厚い水膜が発生するが、本願発明のスタッドレスタイヤはブロックには複数のサイプが設けられているので、サイプのブロック表面に形成される鋭いサイプの端部が水膜を切り、切られた水膜の水はサイプ間に入りタイヤが路面の接地部から離れた後、サイプ間から排出される。また、サイプの深さ方向に拡大部を有しているので、接地部において、サイプ間に蓄えられる水の量は従来のサイプに比較して大幅に増加し、吸水性能及び排水性能は増加する。(甲第2号証の1の明細書6頁1行ないし13行、第5号証2頁9行ないし17行)

(効果)本願発明によれば、ブロック内に傾斜及び/又は横方向に配置したサイプを設け、サイプが深さ方向に拡大部を有するようにすることにより、サイプ間の容積を増加してサイプ間に蓄える水の量を増加し、水膜の切断及び排水性能を高めて、氷上性能及び雪上性能を大幅に向上できる。(甲第2号証の1の明細書12頁4行ないし11行)

第3  審決の取消事由について

1  取消事由1について判断する。

(1)本願発明のサイプと引用例2記載の発明のスロットについて

ア 成立に争いのない乙第1号証(「タイヤ用語集」原告1987年6月発行)によれば、タイヤのトレッド面には溝以外にも細かな切込みがあり、とれをサイプといい、サイプの大きさ・形・深さによって、濡れた路面でのブレーキ性能向上、濡れた路面でのコーナリング性能向上、乗り心地向上、またデザイン面の効果という効果・性能が発揮できるとされていることが認められる。そして、本願発明はサイプに関し、本願発明の要旨(本願特許請求の範囲)において、「複数の周方向溝及び該周方向溝を連結する複数の横方向溝により区画されたブロックをトレッド表部に設け、該ブロックに複数のサイプを刻設するとともに、該サイプがブロックを横切って周方向まで延びており」とすることは当事者間に争いがなく、サイプの構成について「サイプの幅は、0.3mm~1.7mmの範囲が好ましい。」、作用効果について「ブロックには複数のナイプが設けられているので、サイプのブロック表面に形成される鋭いサイプの端部が水膜を切り、切られた水膜の水はサイプ間に入りタイヤが路面の接地部から離れた後、サイプ間から排出される」とすること前記第2の2及び3認定のとおりである。以上の事実によれば、本願発明のサイプは、タイヤの表面に発生する水膜を切断し、水を吸い込んだ後排出するために設けられるものであって、ブロックに刻設されて、接地面において開口し、ブロックの横方向に延びている細溝であると解される。

イ スロットは、英語で溝、細長い穴という意味を持つことは当裁判所に顕著である。そして、成立に争いのない甲第4号証(引用例2)によれば、引用例2には、スロットについて、「空気入りタイヤは、周辺リブにスロットが設けられ、その目的は、タイヤが水の張った表面上を走行するときの十分な水切りを得ることである。スロットにより得られる水切りの量は、・・・各スロットの水運搬能力にも依存する。」(1欄30行ないし35行)、「溝によって分離されたリブ、ブロック、バーもしくはこれらに類似したトレッドと、前記のリブ、ブロック、バーもしくはこれらに類似したもののゴムの中に設けられ前記ゴムによって包囲されたスロットとを有する空気タイヤにおいて、前記スロットの内の少なくとも幾つかは接地面から半径方向内向きに延びておりがつ前記接地面から離れた位置にスロットの水運搬能力を改善する拡大部を備えている」(2欄5行ないし14行)、「スロットは、平面形状が直線的でもジグザグ形状でもよく、トレッドの真の横方向又は真の周方向に関して傾斜していてもよい。スロット幅は、狭い部分でたとえば約0.5mmで、広い部分でたとえば約2ないし3mmである。」(2欄21行ないし25行)と記載があり、FIG.1は空気入りタイヤのトレッドパターンの1実施例として、横方向に延びたスロット1、2が実線の部分と点線の部分とで図示されており、FIG.2ないし4は半径方向内向きに延びたスロットの断面が図示されていることが認められる。以上の事実によれば、引用例2記載の発明の空気入りタイヤのスロットは、水を吸い込んだ後排出するという水の運搬能力も含めて十分な水切りを行うことを目的としたものであって、接地面において開口し、溝によって分離されたブロックのゴムの中に設けられ、ゴムによって包囲されており、トレッドの横方向に延びた細溝であると解される。

ウ そうすると、本願発明のサイプと引用例2記載の発明のスロットは、いずれも、タイヤの表面に発生する水膜を切断し、水を吸い込んだ後排出するために設けられたものであって、接地面において開口し、ブロックに刻設されて横方向に延びた細溝であるから、引用例2記載の発明のスロットは本願発明のサイプに相当するというべきである。

エ これに対して、原告は、引用例2記載の発明は、元々寒冷地用などを予定していない、普通自動車用のタイヤの水切り特性を向上させるための発明であり、本願発明のように、寒冷地で使用するため、氷上及び雪上性能を両立させたスタッドレスタイヤに関するものではなく、したがって、引用例2記載の発明のスロットは、ブロック等の中に設けられ、ゴムによって包囲されたもので、両端が周方向溝に開口するスタッドレスタイヤのサイプとは異なると主張する。

しかしながら、本願発明のサイプも引用例2記載の発明のスロットも、タイヤの表面に発生する水膜を切断し、水を吸い込んだ後排出するために設けられたものであって、接地面において開口し、ブロックに刻設されて横方向に延びた細溝という点で共通していることは前認定のとおりであるから、普通自動車用のタイヤを予定するものか、スタッドレスタイヤに関するものかの違いをもって、引用例2記載の発明のスロットが本願発明のサイプに相当しないということはできない。

また、サイプが周方向溝に開口しているとの構成は、引用例1記載の発明に存在しており、審決は、引用例2記載の発明の構成として、少なくともサイプの底部に拡大部が配設された点を認定し、この構成を引用例2記載の発明に適用することの容易推考性を判断しているのであるから、引用例2記載の発明のスロットがゴムによって包囲され周方向溝に開口していないことは、引用例2記載の発明の技術内容の誤認をいう理由にはならない。

さらに、原告は、引用例2記載の発明のスロットと本願発明のサイプの作用効果の相違を主張するが、上記作用効果の相違は、本願発明のサイプが周方向溝に開口していることによると認められるところ、サイプが周方向溝に開口している構成は、引用例1記載の発明に存在しているのであるから、上記作用効果の相違をもって引用例2記載の発明との相違をいう原告の主張は、これまた失当である。

(2)引用例2記載の発明のスロットが、少なくともサイプの底部に拡大部が配設されているか否かについて

ア 本願発明の技術内容について

原告は、引用例2記載の発明のスロットが、少なくともサイプの底部に拡大部が配設されていることを争い、その前提として、本願発明は「サイプの底部に沿って拡大部を設けること」を必須の要件としていると主張するので、この点について検討する。

本願発明の特許請求の範囲には、「サイプがブロックを横切って周方向溝まで延びており、且つ、少なくともサイプの底部に拡大部が配設されている」と記載されており、「サイプの底部に沿って拡大部を設ける」との記載はないことは前記第2の2認定のとおりである。

この点につき原告は、〈1〉本願発明は、「サイプがプロックを横切って周方向溝まで延びていること、及び少なくともサイプの底部に拡大部が配設されていること」を構成要件としており、サイプがブロックを横切って周方向溝まで延びている構成であることが明示されている以上、サイプの底部の拡大部も、明細書等に別段の規定がなされていない限りにおいて、サイプと一体的にその底部に沿って周方向溝まで延びている構成になっていると認定するのが相当である、〈2〉本願明細書に記載された「サイプ27がブロック25を横切って周方向溝23まで延びているので、周方向溝23の方向にも排水されることになり、サイプ27からの排水がより迅速に行える」という作用効果は、拡大部が底部に沿って周方向溝にまで達していることによって初めて可能になったものであるから、本願明細書の作用効果の記載からみても、本願発明のサイプの拡大部は底部に沿って周方向溝まで達していると主張する。

しかし、〈1〉については、サイプがブロックを横切って周方向溝まで延びているからといって、拡大部がサイプの底部に沿って周方向溝まで延びていなければならない必然性はなく、〈2〉については、サイプの中に入った水が周方向溝の方向へも排水されるという作用効果は、サイプがブロックを横切って周方向溝まで延びていることによる効果であって、サイプの底部の拡大部がサイプの底部に沿って周方向溝まで延びていることの効果とされていないことは本願明細書の上記記載からして明らかであるから、原告の上記主張は失当である。

したがって、本願発明の技術内容を、サイプの拡大部がサイプの底部に沿って周方向溝まで延びているものに限定にすることはできず、本願発明においては、サイプの拡大部はサイプの底部に配設されていればよいものと解すべきである。

イ 引用例2記載の発明の技術内容について

引用例2に「溝によって分離されたブロックを備えたトレッドと、前記のブロックのゴムの中に設けられた前記ゴムによって包囲されたスロットとを有し、前記スロットは接地面から半径方向内向きに延びており、かつ接地面から離れた位置にスロットの水運搬能力を改善する拡大部を備えている空気入りタイヤ。」、空気入りタイヤのトレッドパターンの1実施例として、「接地面から半径方向内向きに延びたスロット1、2が接地面から離れた配置に前記スロットの全長にわたってスロットの水運搬能力を改善する拡大部7、8、9を備えている状態」(FIG.1ないし4)及び(4)「スロット巾は、たとえば約0.5mmである。」旨が、それぞれ開示されていることは当事者間に争いがない。また、前掲甲第4号証によれば、引用例2には「前記スロットのうちの少なくともいくつかは接地面から離れた位置にスロットの水運搬能力を改善する拡大部を備えていることを特徴とする空気タイヤが提供される。スロットの少なくとも幾つかには、たとえば内方室を形成する球根状根元部を形成すればよく、また、この球根状部はスロット根元部の半径方向外方に、たとえばスロット深さ(これは自動車タイヤの場合には普通9ないし10mmである)の約1/3ないし1/2だけ即ち3ないし5mmだけ拡がるように形成すればよい。」(2欄10行ないし21行)「各スロットの断面積は、スロットの軸線方向に一定でなく、第2、3、4図に示すように変化している。各スロットは、第2図に示す深さ9mmで球根状根元部7を有する軸線方向最内方部即ち第1部分と、第3図で示すように第1部分に隣接し深さ9mmで、スロットの根元から3mmだけ離れて3mmの距離にわたって形成された拡大断面部分8を有する第2部分と、第4図に示すように第2部分に隣接し深さ6mmで球根状根元部9を有する第3部分とからなる。」(3欄5行ないし15行)との記載があることが認められる。

以上の事実によれば、引用例2には、スロットのうちの幾つかに、スロットの水運搬能力を改善するための球根状根元部が配設されること、及び上記球根状根元部はスロット底部の拡大部であることが記載されていると認められるから、引用例2には、少なくともスロットの底部に拡大部が配設されていることが開示されているというべきである。

ウ なお、原告は、引用例2記載の発明のスロットと本願発明のサイプの作用効果の相違を主張するが、引用例2においても、少なくともスロットの底部に拡大部が配設されていることが開示されている以上、作用効果も相違しないと解されるから、この点に関する原告の主張も失当である。

2  取消事由2について

(1)  製造方法による想到困難について

原告は、本願発明は加硫時に溝、ブロックと同時にサイプを形成して作られることを前提として、引用例1の切込みの加工方法では、本願発明のように底部に拡大部を有するサイプは、作れないことを理由として、想到困難を主張する。

しかしながら、本願発明は物の発明であり、その要旨にはサイプの形成方法に関わる構成はないから、引用例1記載の発明の加工方法から本願発明のサイプが形成できるかどうかは問題とならない。

しかも、成立に争いのない乙第7号証(乙第7号証刊行物)によれば、タイヤの加硫工程に続いて、隆起部であるリブを横切ってサイプを入れ、熱線をサイプの中に押し込んだ後、短い時間サイプの底部に止まらせたり、サイプとその底部の穴とが結合した形状を持つナイフによって穴を作るという方法が本出願前既に周知であったことが認められるから、引用例1の切込みの加工方法から、本願発明のサイプが作れなかったということもできない。

したがって、原告の上記主張は失当である。

(2)  引用例1記載の発明と引用例2記載の発明の相違による想到困難の主張について

ア 原告は、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明の組合せ困難の理由として、引用例1記載の発明は、サイプ割れを防止するために切込みの深さを横溝より深くしているのに対し、引用例2記載の発明のスロットは、溝より浅く、サイプ割れを考慮していないと主張するので、この点について検討する。

前掲乙第7号証によれば、乙第7号証刊行物には、「本発明の1つの目的は、スリット又はスロットを有するトレッドタイヤのクラックを防ぐことであり」(1頁左欄20行ないし21行)、特許請求の範囲の4として「歪抵抗性要素のカーカスおよび、負荷がかかると、間隔を置いて配置された刻み目要素の側壁が相互支持のためにかなりの程度の距離にわたって噛み合うような幅の前記刻み目要素によって遮られる滑り止め要素を規定し、かつ、クラックが下地用ゴム組成物に拡大しないようにするための拡張された穴を終末とするゴム組成物のトレッドから成ることを特徴とする空気入りタイヤ」(2頁右欄7行ないし15行)とされ、空気入りタイヤの具体例として図1ないし3が記載されていることが認められ、上記記載及び乙第7号証刊行物が1938年の刊行物であることからすれば、スリット又はスロットの底部に拡大部を設けることによってクラックを防止できることは本出願前周知であったと認められる。そうすると、スロットの底部に拡大部のある引用例2記載の発明においても、スロットに発生するクラックすなわちサイプ割れの防止の効果があることは当業者に自明であったというべきである。

なお、乙第7号証は、本訴において引用例1及び2記載の発明の技術内容を正確に理解するために本出願当時の技術水準を示す資料として提出されたものであり、同号証が審判手続において出願人である原告に拒絶理由として示されていなかったとしても、この記載内容に基づいて前記(1)及び(2)のとおり認定判断することに何らの問題は存しない。

したがって、原告主張に係るサイプ割れの考慮の点は、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明の組合せ困難の理由とはならない。

次いで、横溝と比較した深さの相違の点について検討する。本願発明においては、サイプ及びその底部に配設されている拡大部と、横溝との深さの関係については特に限定されていない。そして、引用例1記載の発明において、切込みが横溝より深いのは、サイプ割れを防止する目的であるから、引用例2記載の発明においてもサイプ割れ防止の効果があることが自明である以上、横溝と比較した深さの違いは、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明の組合せ困難の理由とはならない。

したがって、この点に関する原告の主張は失当である。

イ 次いで、原告は、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明の組合せ困難の理由として、引用例1記載の発明は、タイヤ転動時にサイプ表面が拡開して、水をサイプ内に吸引し、排出するのに対し、引用例2記載の発明は、スロットがゴムで包囲されているため、タイヤの転動に伴うスロットの開口は小さく、タイヤが磨耗して拡大部がタイヤ表面に露出した時に水切り性能が向上するようになっていると主張するので、この点について検討する。

本願発明のサイプと引用例2記載の発明のスロットは、いずれも、タイヤの表面に発生する水膜を切断し、水を吸い込んだ後排出するために設けられたものであること前記第3の1の(1)認定のとおりであるところ、本願発明のサイプが引用例1記載の発明の切込みに相当することは当事者間に争いがない。そして、引用例2記載の発明のスロットの底部の拡大部が、スロットの水運搬能力を改善するためのものであること前記第3の1の(2)のイ認定のとおりである。

そうすると、引用例2記載の発明においても、本願発明及び引用例1記載の発明と同様、タイヤ転動時にサイプ(スロット)表面が拡開して、水をサイプ内に吸い込んだ後排出することは明らかであり、原告主張のサイプの拡開、水切性能の差は、それがあるとしてもサイプが周方向溝まで延びていないことに伴い発生する程度の差にすぎないと認められるから、これをもって、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明の組合せが想到困難ということもできない。

したがって、この点に関する原告の主張も失当である。

(3)  効果の予測可能性について

ア 原告は、引用例1記載の発明は、切込みを横溝の深さよりも深く切込むことによってブロック剛性は損なわれるという欠点を有し、引用例2記載の発明は、排水効果が本願発明と明らかに相違するのみならず、サイプ割れや、ブロック剛性に関して配慮したものではないとして、本願発明の効果である、〈1〉ブロックの表面の水は排水され、氷上性能は大幅に向上する、〈2〉ブロックは適正な剛性を維持するようになされているので、雪上性能は充分に維持される、との効果は、引用例1及び引用例2記載の発明から当業者が予測しうるものではないと主張する。

イ しかしながら、引用例2記載の発明について原告が主張する本願発明との排水効果の差は、サイプが周方向溝まで延びていないことに伴い発生する程度の差にすぎないこと前記第3の2の(2)のイ認定のとおりであるから、引用例1記載のサイプ(切込み)に引用例2記載の拡大部(球根状根元部)を適用することにより、吸水、排水性能を改良するとの効果は当業者が当然に予測しえた程度のものにすぎない。

ウ また、前掲甲第3号証によれば、引用例1には「接地面内で作用する圧縮応力により切りこみ9を挟むその両縁部は相互に強く圧接され、あたかも連続した一体のゴム層として機能し、剛性を向上することにより耐磨耗性の低下を防止しうる。」(3頁左上欄8行ないし12行)との記載があることが認められるから、引用例1記載の発明においてもブロックは適性な剛性を維持されていることが認められる。

そして、前掲甲第4号証によれば、、引用例2には、「本発明の一目的は、磨耗速度が低く且つ湿った走行状態での作動中にも有効であるような空気入りタイヤを提供することである。」(2欄2行ないし4行)、「本発明の空気入りタイヤの利点は、トレッドの磨耗が少なく、ぬれた路面での制動中及び旋回中のロードグリップがよく」(3欄26行ないし4欄1行)との記載があることが認められるところ、上記記載によれば、引用例2記載の発明においても、タイヤの磨耗が低く且つロードグリップがよいものであるから、適正な剛性を維持していることは明らかである。

さらに、引用例2記載の発明においても、サイプ割れを防止する効果があることは、前記第3の2の(2)のア認定のとおりである。

エ したがって、本願発明の作用効果は引用例1及び引用例2記載の発明から予測しうる程度のものにすぎないから、「本願発明の効果も当業者が予測しうるものであって格別のものとは認められない」とした審決の判断に誤りはない。

3  以上のとおりであるから、本願発明は引用例1及び引用例2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした審決の判断は正当であって、審決に原告主張の違法はない。

第4  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 持本健司 裁判官 山田知司)

別紙図面1

〈省略〉

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別紙図面2

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別紙図面3

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